#11熊本は、インスタグラムのメッセージを見た時、複雑な感情が巡った。
このメッセージがチームを救う救世主になるかもしれないし、全く的外れになるかもしれない。
選手たちに期待だけさせて、ダメだった場合選手の精神が持たない。熊本はそう判断した。熊本は、すぐに監督の森田と部長の森に相談した。
森田は、藁をもすがる思いだった。森と相談し、早急にメッセージの送り主と面談し、その後に判断するという決断に至った。熊本がメッセージを送り返し、3日後に面談することになった。
森田は焦っていた。当然今いる選手やスタッフの生活の問題が一番の悩みの種だったが、ほぼ確定していた二人の大学生内定選手にも就職先の契約が無効になったことを伝えなければならない。森田は、この大型新人二人の獲得が今後のカノアの命運を変えるという確信があった。
森田は、森に何としてもこの二人の選手だけは獲得したいと懇願した。
森も選手たちの就職先を探しつつ、内定選手に最適な環境を整えるための方法を模索した。
森田がこの二人の内定選手を獲得したいと思った経緯は、少し時を遡る・・・。
2022年6月、クラブカップ九州大会予選。その3週間前、カノアにピンチが訪れる。
新型コロナウイルスによるクラスターである。
チームの半分以上が感染し、壊滅的な状況に陥った。
森田は、全体練習の中止を決断した。
開催1週間前にチームの体制が整わなければ、出場停止もやむを得ない。
森田はある対策を考えていた。
元々、次年度の選手獲得を視野に入れていた森田は、#13山本輝の母校の監督に相談し、クラブカップ九州予選の助っ人を検討していた。
結果的に森田は大学2校から大学生の選手4名をクラブカップに呼ぶことになった。
その大学生のうち2名が現在カノアの選手として活躍している#1大西風歌と#15横田希歩である。
しかし、大学生も非常にスケジュールがタイトであり、チームに合流できるのは試合前日の18時とかなり厳しい状況だった。
何とか試合の出場停止の危機は乗り越えた。しかし、選手たちの体調が改善し練習を本格的に再開できたのは試合約10日前。
それでもやるしかない。森田は、練習プログラムを大幅に変更して賭けに出た。
そして迎えた試合前日。#1大西と#15横田を含む大学生が合流し、試合前日2時間、そして当日の朝、1時間半の合同練習を行った。どう考えても付け焼き刃にしかならない戦略だった。準備不足。プロを目指すチームとしてあってはならない状況。
対戦相手は、万全の状態でも勝てるかどうかの強豪。
そして、その試合はカノアが発足して初めて福岡県で行われる有観試合。
ホームタウンである福智町の町長をはじめ、やっとの思いで応援いただけたスポンサー様、選手の家族、そして嫌われてきたチームに少しずつ増えてきたファンの皆様が応援に駆けつけてくれる大事な試合。
絶対に負けられない試合。負けてはならない試合。
森田は、自分の現役時代の優勝をかけた試合よりも緊張していた。
「これがプロを目指すチームの監督としてのプレッシャーか。」
森田は武者震いした。
試合開始10分前。森田は、選手たちの練習風景を見て、必死に頭の中でシュミレーションした。もうこの戦略しかない。
この戦略が当たれば、勝利しクラブカップ全国大会進出。負ければここで敗退。
Vリーグに昇格する実績を作るためにもここで負ければ全てが終わる。
そしてついに試合開始のホイッスルが鳴る。